カルテの余白 患者さんとの出会い カルテの余白 患者さんとの出会い

エピソード26

自然体で毎日を過ごす

Kさんは首の後ろに鈍痛を感じ、左腕が上がらなくなったことから近隣の整形外科を受診し、その翌年、頸椎症性筋萎縮症と診断され手術を受けました。一時的な回復はみられましたが、10ヵ月を過ぎた頃から握力が落ち、筋肉が痩せていくのを感じていました。いくつかの病院を受診し、検査を受けて、ようやくALSの可能性が高いことがわかったのです。

フランツシステム搭載車で6万kmを走破

症状が出るようになってから約4年過ぎた頃、両腕が肩より上の高さまで上がらなくなり、車の運転も困難になりました。そこで、Kさんは足の操作で運転可能なフランツシステムを搭載した車を購入し、いろいろな土地を旅し、約6万kmを走破しました。

今でもKさんの脳裏に浮かぶのは、北海道の弟子屈(てしかが)から野付(のつけ)半島へと続く国道243号線(通称 パイロット国道)から見た景色。遥かな地平線をまっすぐ見渡すことができる壮大なパノラマを思い出しながら、「旅は計画の段階で8割方楽しんでしまっているんだよ。目的地に着いた頃には終わっている。でも、次はどこへ行こうかとすぐに考えてしまう。旅はいいねぇ」と語ってくれました。

足での運転を始めてから10年を越える頃には、自由に旅行することはできなくなりましたが、Kさんはパソコンを足で操作して地図を見ながら、当時訪れた北海道の温泉地の話をたくさん聞かせてくださいました。

フランツシステム搭載車で6万kmを走破

介助器具を使って毎日自宅で入浴

ベッドから椅子への移動や自宅での入浴など、体の大きなKさんを奥様一人で介助することは非常に困難です。そこで、奥様はインターネットで探した手動式の移動用リフトを使い、日々の暮らしに不可欠な移動に利用しています。持ち運び可能な折りたたみ式なので、ベッドから椅子への移動や通院時の車への移乗などに使用しています。ハンドルを回すだけと女性でも操作が簡単なことから、これを使い始めて介助負担が軽減されたそうです。また、浴室には入浴介助リフトを備え付けたため、Kさんは毎日自宅での入浴が可能となり、悩まされていたかゆみからも解放されました。特に寒い時期などは体全体が冷えきってしまうので、浴槽にゆっくりつかることで体の芯から温まることができます。

しかしながら、器具すべてに公的補助を受けることができないのが現状です。奥様は市役所の担当部署に何度も足を運び、病気の説明から器具の必要性に至るまで根気よく担当者に説明することで、ようやく一部の器具の補助を受けることができました。在宅療養を選択する方が増えるなか、介助者にとって本当に必要なものは何かを知ってほしいと奥様は切に願っています。

介助器具を使って毎日自宅で入浴

試行錯誤を重ねて

3台のパソコン用モニターを並べ、わずかに動く足先でパソコンを自在に操るKさんは、インターネット回線を利用して奥様の携帯電話への通話も難なくこなしています。首を動かすことや、体の向きも自由に変えることができないため、モニターを見るにはその都度奥様の介助が必要になりますが、遠く沖縄の友人とも通話を楽しんでいます。

また、県のリハビリテーションセンターの協力で、顎の操作で運転できる車椅子に挑戦したこともあるそうですがうまくいかず、椅子が自由に回転でき、高さも調節できるような仕掛けはできないものかと考えているところだそうです。

Kさんの現在の悩みは、筋肉が痩せてしまい、就寝時など肩甲骨や肋骨がベッドにあたり痛みが走ることです。そこで最近見つけたビーズ入りウエアをこれから試してみるところだと話してくださいました。これまでにもKさんと奥様は、何か使えるものはないかといろいろな情報を収集し、試してきたそうです。

一歩ずつ前へ

これまでKさんは、奥様とともにいろいろな試行錯誤を繰り返しながら一歩ずつ前へと進んできました。最近は痰がつまることも増えてきたため、緊急時にどう対応するか、この先、食事はどのようにとるのか考えなければならないと話してくださいました。「昨日のことはすぐに忘れて今日のことを考えているよ。」と語るKさん。毎日を自然体で過ごすように心がけています。現在、寝台特急カシオペア号に乗り、旅行をすることを計画中だとか。あとは設備の整った宿泊施設の手配次第だそうです。