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エビソード22

ALSと似て非なる「原発性側索硬化症」で 在宅療養を続けるTさん

ALSと同じように、運動ニューロンが障害されて筋肉の働きに異常が生じる病気がいくつかあります。なかでも原発性側索硬化症という病気は、非常にゆっくり進行し、全身に運動障害が生じたり、話しにくくなったりするなど、ALS患者さんとよく似た状況となり、同じような介護が必要となります。

スチールギターの演奏が趣味だったTさんが原発性側索硬化症を発症したのは56歳のとき。以来10数年に及ぶ闘病生活を在宅で続けておられます。

「しゃべりにくくなった」ために受診

Tさんが異変に気づいたのは、1996年、56歳のときでした。「しゃべりにくくなった」と某大学病院を受診したところ、「球麻痺かもしれない」と、しばらく経過観察を続けることになりました。1年と少し経ったころに、ものが食べにくい、舌が出ないといった嚥下の問題が生じ、次第に唾液も増えてコントロールが難しくなってきました。しかしこの時点では、舌の萎縮はなく、手足の運動障害もまったくみられなかったそうです。

その後、別の病院で改めて診察を受け、そこでの診断に基づく治療を開始しています。そのときの主治医に紹介されて、私が治療を担当することになりました。

少しずつ体の自由がきかなくなり車椅子の生活に

北里大学病院での診療を開始した当初、Tさんはまだ趣味のスチールギター演奏を楽しんでおられました。ところが次第に握力が低下して、食事中に箸を取り落とすようになり、ギターも思うように弾けなくなっていきました。そうこうするうちに、手足が硬くつっぱるなどの症状がはっきりと現われてきました。1次運動ニューロンの障害による症状に限られていたことから、改めて「原発性側索硬化症」と診断しました。

症状の進行は緩やかでしたが、3年後には歩けなくなり、車椅子の生活を余儀なくされました。ゆっくり時間をかければ食事はできましたが、舌がこわばり、ほとんど話をすることができなくなってしまいました。それでも相変わらず、舌に萎縮はみられませんでした。パソコンを用いて周囲とのコミュニケーションを図ることになりましたが、硬くつっぱった指でのキーボード操作に、とても苦労しておられました。

介助器具を使って毎日自宅で入浴

家族の肩に重くのしかかる介護の負担

Tさんの病状は、その後もゆっくり進行し、発病から12年を経過した現在ではベッドから起き上がることも、寝返りを打つこともできません。指先でのキーボード操作も難しくなりました。思い通りにまばたきをすることもかなわず、コミュニケーションの手段も失われつつあります。すでに長い年月を夫の介護を中心に過ごしてきた奥さまの肉体的、精神的な疲労の蓄積はいかばかりかと心配されました。

今年になってTさん夫妻は、思い切ってハワイの友人宅へ10日間ほどの旅行に出かけられました。急変する可能性は少ないと判断した私は、ハワイ州が発行している緊急時の対応等についての書類に詳細な内容を記入して持たせ、ご夫妻を見送りました。二人とも元気に帰国されましたが、リフレッシュされた様子を目の当たりにして、とくに奥さまにとっては必要な旅だったのだと強く感じました。

介助器具を使って毎日自宅で入浴

問われる在宅ケア体制

原発性側索硬化症という病気は、ALSとは異なり筋萎縮はみられず、呼吸筋の麻痺も生じません。しかし、筋肉の硬化が進むと、動けない、しゃべれない、そしていずれは飲み込めないといった問題も起こってきます。原因こそ異なりますが、患者さん、そして家族の置かれる状況は、ALSと非常に似ているといえます。大きな違いは、病気の進行が非常にゆっくりであること、また人工呼吸器の装着を必要としないことです。それとて、呼吸筋が硬くなっていけば呼吸機能も少しずつ低下していくでしょう。

今後、いつまで在宅でのケアを続けていけるのか。その予測は非常に難しいといわざるをえません。患者さんの生活を懸命に支えながら、「いつになったら解放されるのか」という思いがご家族の頭をよぎることもあるでしょう。

在宅ケアを続けながら、患者さん、そしてご家族の生活の質(QOL)を維持するには、医療者はもちろん、周囲の多くの人々が関わって支えていく必要があります。しかしTさんのようなケースでは、在宅ケアのための社会的資源の整備が手薄なのが現状です。緊急時の受け入れ態勢もほとんど整っていません。ご家族のフォローアップも大きな課題です。ALS患者さんが在宅ケアを続けるためのサポート体制が整いつつあるいま、ALSに似て非なる病気で闘病を続ける患者さんやご家族をフォローする体制の検討・整備が進むことを強く願わずにいられません。