カルテの余白 患者さんとの出会い カルテの余白 患者さんとの出会い

エピソード14

好きな庭いじりをできる限り続けたい

Mさんは、1994年ごろから歩行が少し困難になり、転びやすくなったため、1997年整形外科クリニックを受診。しかし、病名がつかずに、他の総合病院を紹介されました。その総合病院でALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断されたのは同年5月のことです。

以来、発症して9年目に入りますが、まだ自力で歩行し、趣味の庭いじりに精を出す毎日です。進行の速いALSの患者さんが多いなかで、このように元気に生活できるMさんのような例は珍しいともいえます。

足を引きずっているMさんに気づいた奥様

Mさんが、長年勤務した鉄鋼会社を定年退職したのは1995年のことでした。巻き取った鉄鋼板をクレーンで持ち上げ、他の場所に運ぶ仕事に従事していました。何事もなく定年を迎え、間もなく趣味を楽しむ悠々自適の生活が始まると、楽しみにしていた矢先です。Mさんが歩くとき、以前と比べて何となく足を引きずっていることに、奥様が気づきました。

後になって聞いてみると、職場の人たちもその変化に気づいていたようです。しかし、60歳間近ということもあり、年齢のせいかもしれない、と見過ごされていました。

階段やスーパーの入り口で足がひっかかる

Mさんは、長年これといった病気や事故もなく、無事に会社勤務を続けてきたという自負があり、まさか自分が病気になるとは、夢にも思っていませんでした。

しかし、ちょっとしたことで足をひっかけて転びやすくなったことに、気丈なMさんも少し不安を感じ始めます。階段、スーパーの入り口のマット、目の不自由な方のための点字ブロックなど、ほんの少しの凹凸につまずいて転んでしまうのです。幸い大きな外傷にはいたりませんでしたが、奥様も非常に心配して、近所の整形外科で診てもらおうということになりました。

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整形外科から総合病院へ――家族への告知

Mさんが整形外科を受診したとき、かすかに口の呂律が回らないという症状もありました。診察した整形外科医は、「精密検査をしたほうがよいので総合病院へ行くように」と、紹介状を書いてくれました。

総合病院で出た検査結果は「ALSの疑いあり」。最初は、家族だけに結果が知らされ、「ご本人には知らせないほうがよい」と医師に言われました。奥様は事の重大さに驚いて動揺しましたが、本人に悟られてはいけないと、できるだけ明るく振る舞まったそうです。

その後、奥様が体調を崩して受診した病院の医師がたまたま東邦大学大森病院の医師だったので、大森病院神経内科を紹介してもらい、木下真男教授の診察を受けることになりました。木下真男教授が定年で退職された後、私がMさんの主治医を務めています。

週2回グラウンドゴルフに興じる努力家

Mさんは、リルゾールの発売後、継続して服用していることが好影響を及ぼしているのか、他に類を見ないほど症状の進行が遅いといえます。少しでも運動したほうがよいという私の勧めに従い、一時は散歩と体操を毎日の日課にしていました。毎日早朝に近所を歩き、その後30分足の上げ下げをするというトレーニングを、かなりの期間続けました。最近になって足の痛みがあるため、散歩も体操も休みがちだということですが、それでも努力家のMさんは、杖を使って歩いたり、老人会のグラウンドゴルフに週2回参加したりしています。

老人会のグラウンドゴルフは、Mさんにとって大きな楽しみのひとつになっています。また、月1回の保健所での患者さんの集まりにも出かけて、軽い運動をしたり、専門医の講演を聴いたりしています。

真っ黒に日焼けしながら続ける庭いじり

Mさんは、発症後9年目に入った今でも、症状が比較的軽いので、日常生活での行動にはほとんど支障がありません。足が自由に動かないので多少イライラしながらも、ズボン、靴下は自分ではきます。以前より球麻痺症状は軽くなっているようで、発音も普通の人とほとんど変わらず、嚥下能力も十分あります。現在3カ月に一度私のところを受診して、リルゾールを飲んでいますが、以前見られた口元の痙攣が最近は見られなくなりました。

Mさんのお宅には、四季折々の草木が植えられ、いつもきれいな花を咲かせています。奥様が世話をされているのだとばかり思っていたら、なんとMさんが主に世話をしているのだそうです。

亡くなったご両親から受け継いだ庭を大切に育てることを楽しみに、毎日庭に出るMさん。ALSとの闘いを続けながらも、これは欠かさず自分でやるので、夏になると真っ黒に日焼けしています。

私はMさんがいつまでも好きなグラウンドゴルフと庭いじりを続けられるようにと祈りながら、病状の変化を一つたりとも見逃してはいけないと注意深く観察を続けるこの頃です。

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