カルテの余白 患者さんとの出会いカルテの余白 患者さんとの出会い

エピソード20

自然体でゆっくり穏やかに暮らしています

大手化学メーカーの試験研究者として活躍されていたYさんは、海外で次々と大きなプロジェクトをこなされているさなか、ALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症されました。2006年に当院を受診され、ALSと診断されてから今日まで、病気の進行を見据え、常に冷静に熟考のうえ重要な決断を下してきたYさんの前向きな姿勢には、いつも頭が下がります。しかし、ご本人はあっけらかんと「ボクはいつだって自然体。特別がんばっているわけではありませんよ」と話されるのです。

フラスコを思うように扱えない!?

有機化学の専門家として、試験研究生活を続けてこられたYさん。1997年に香港返還という大きな節目を迎えた中国で、石油コンビナート設立に参加。その3年後にはシンガポールで大規模なプラントづくりに携わるなど、チームリーダーとしていくつもの大きなプロジェクトを手がけてきました。

そんなYさんが、ご自身の体の異変に気づいたのは、2003年4月ごろのこと。最初は左足が、その後左手、右足、右手と順番に、思うように動かすことができなくなりました。フラスコを扱うのも難しくなり、産業医を受診。紹介された病院で検査を受けたものの原因はわからず、次第に腰にも異常を感じるようになり、精密検査を受けるために帝京大学ちば総合医療センターを受診しました。精密検査の結果、Yさんに告げられた病名は「運動ニューロン疾患」というものでした。しかしYさんはインターネットなどで詳しく調べ、「私はALSではありませんか?」と自ら質問されたそうです。

フラスコを思うように扱えない!?

「25,000人ぶんのリスクを引き受けているのだ」と自分がALSになったことの意味を見出す

次第に筋肉が萎縮し運動機能が落ちていくこと。その一方で、五感は正常に保たれていること。いまだに原因が解明されず、治療法もないこと。しかし、リルテックという神経細胞を守る薬を服用することで病気の進行を遅らせることができる・・・。Yさんは、科学者らしい正確さで、ALSという病気について細かなことまで理解されていました。それだけに「先生から“そうです。あなたはALSです”と病名を告げられたときは、死刑判決を受けたようなショックを受けた」そうです。

しかしYさんは、「ALSは10万人に4~5人がかかる病気。ボクが25、000人ぶんを引き受けているのだ」と考えることで、自分がALSになった意味を見出すことができ、気持ちも落ち着いていったといいます。

人工呼吸器の装着も自然体で決断したい

診断後、外来通院とリハビリを続けてきたYさんでしたが、少しずつ歩行が困難になり、現在は2週間に1回の訪問診療を受けています。この秋には、いずれ食事をできなくなる日に備え、胃瘻*をつくる手術を受けました。病気の進行を見据えて、必要と思われることには1つ1つ冷静に対処してきたYさんですが、人工呼吸器については、「いまのところ装着するつもりはない」と話されます。

もちろん進行していく病気への不安はあります。介護を担う家族への負担も気がかりでなりませんでした。そこでYさんは、ALS協会支部の集会に参加し、人工呼吸器を装着した患者さん、そしてご家族の生活ぶりを直接見聞きし、前向きな人たちに感銘を受けたそうです。「でも、私は自然体でいたいのです。無理してがんばろうとは思いません。ゆっくり考えているうちに、また違う結論を出すこともあるかもしれませんけれど」とYさん。ご家族も、Yさんの考えを最大限尊重したいと考えておられるようです。

*胃瘻:口から食事ができなくなった場合、消化管に直接栄養剤を流し込むためのチューブを通す孔のこと。内視鏡的手術により人工的につくります。

これまでの充実した人生が療養の日々を支える

のんびり、毎日を楽しく過ごしたいというYさんの“話好き”は、訪問診療を続ける医師や保健師、ヘルパー、友人たち、そしてご家族が一様に認めるところです。

水泳選手として県大会出場しメダルを取りそこなった話、スキューバダイビングで魚と一緒に泳いだ感動、奥さまと楽しんだテニス、そして数々の旅行の思い出、TVを見て印象に残った番組などなど、話題は尽きることがありません。趣味の園芸も本格的で、自宅の庭にはバラや椿、クレマチスなど、その時々にお気に入りの花が何十種類も育てられているそうです。「凝り性なんですよ」と笑うYさん。若いころからの友人や、試験研究を通して交流を暖めてきた海外からの客人がYさんの自宅を訪れることもしばしば。これまでの豊かな人生が、そして人生を楽しむ姿勢が、Yさんの療養生活を彩っているかのようです

これまでの充実した人生が療養の日々を支える

"かっこいい” ALS患者でいてほしい

自宅で療養生活を続けるYさんには、「病気だから、障害者だからとしょんぼりせずに、これまでどおり好きなことを楽しむ、かっこいいお父さんでいてほしい」と話す奥さま。

「人生は自分との戦い。父には自分の考えを貫いて、負けない、すばらしい人生を送ってほしい」と、娘さんも常にYさんの傍らでエールを送り続けています。