カルテの余白 患者さんとの出会いカルテの余白 患者さんとの出会い

エピソード1

TKさんに勇気づけられて

私は、東京都世田谷区の『在宅難病訪問診療事業』に携わり神経難病の患者さんの治療や在宅ケアを行っています。

この訪問看護を行う中で出会ったTKさんは、このような難病を抱えているのに、実に気丈な女性でした。1993年から1994年にかけてTKさんを訪問した際のエピソードを紹介しましょう。

TKさんに勇気づけられて

キイコには負けられない

TKさんは、人との会話が大好きなとても社交的で前向きな性格の女性でした。球症状が強く、しゃべるのが好きなTKさんにとっては話しづらくもどかしそうでしたが、初めて訪問した際、お話の中に「キイコ」という名前が何度も出てきました。

「キイコには絶対負けられないから…」と、よくおっしゃるのを聞いて、私は「キイコさん」という方が身近にいらっしゃるのだろうと思っていました。

そこで、私が「キイコさんってどなたですか?」と訊ねたところ、意外な答えがかえってきました。「キイコ」の正体は、「シュクセイソクサクウカショウ(筋萎縮性側索硬化症=ALS)」だったのです。ALSという難病を「キイコ」と名づけて、自分なりのスタイルで病気と闘っているTKさんの前向きの姿勢が感じられて、とても感動しました。

訪問診療チームがすすめることは、どんなことでも実行しようとする積極的な姿勢を持ち続けられたTKさん。難病患者さんのなかには「ご近所の目があるので、訪問診療は辞退します」という方もおられますが、TKさんは訪問を心待ちにして、少しでもよい状態で生活しようといろいろ質問されるのでした。

「キイコに負けないように、毎日がんばります」と、いつもニコニコしていらっしゃったTKさん。残念ながら94年に亡くなりましたが、訪問するたびに、こちらがとても明るい気分になり、逆に励まされることが多かった患者さんでした。

気丈な女性TKさん

TKさんは1929年東京生まれ。1989年、学校の用務員を定年退職し、元公務員の夫、 会社勤めの娘さんとの3人暮らしでした。息子さんが一人いますが、結婚して離れて暮らしていました。

TKさんは、お産以外は病気で寝たことのない程で健康そのものでした。毎日、学校で元気な子供達を相手に、校内清掃や安全管理にと忙しく働き、用務員として立派に役目を果たした日々。そんなTKさんにとって、ALSの診断はあまりに突然で、とても信じられないできごとでした。

60歳で定年を迎え、やっと夫婦そろってゆっくり老後を楽しむ生活が始まったばかりのある日、からだに変調を感じてかつての職場に近い都立青山病院を訪ねたのが、1991年の冬でした。

検査の結果、ALSと診断されたのはまもなくのことです。

ご主人は、「なぜこんな病気になったのだ」と、TKさんの病気をなかなか受け入れられなかったといいます。TKさんは、ご主人の力をあまりあてにすることもできず、娘さんも勤めていたので、昼間は一人で生活していました。

手足の麻痺が出るのが遅かったので、主治医のところにも一人で歩いて診察に来るくらい元気でした。呼吸障害が出るまでは、娘さんと一緒に食事の準備もしていました。誰にも頼らず、自分でなんとかしようという気概を持ち続けたTKさん。

呼吸障害が出てから2~3カ月間入退院を繰り返し、残念ながら1994年にお亡くなりになりましたが、TKさんはALSに気丈に立ち向かった患者さんの一人です。

(取材協力 東京都世田谷区 加藤邦夫 医師)