エピソード25
「少しでも社会のお役に立ちたい」と、ベッドの上から情報発信
ALSを発病して約3年半が過ぎようとしているTさん(71歳)。ALSの発病直前までは、地域でおいしいと評判のラーメン店を切り盛りしていました。
Tさんはプロの落語家を招き地域の落語会を開いたこともあったほどの、落語好き。そのため、話しぶりもどこか落語家を思わせるようなユーモアを交えた、やわらかな口調です。時折人懐っこい笑顔を見せながら、ご自身の療養生活を話してくださいました。
診断される前の約半年間は病名が分からず、ずっと我慢していた
Tさんが体の不調を感じ始めたのは、2007年の早春。突然、首が支えられなくなって、ガクンと前に落ちるなど、それまでに経験のなかった異変がありました、その頃から徐々に腕力がなくなり、重い物が持てなくなっていきました。医師の診察を受けても、「どこも悪くない」、「原因が分からない」と言われ、体調不良を抱えながら、その後も半年間は店の経営を続けていたのだそうです。ところが体重は減る一方で、体力的にも限界で、2007年の8月にはとうとう店を閉めて寝こんでしまいました。
意識を失って救急搬送され、そのまま1年間入院
店を閉めて自宅療養していた8月の末、突然、Tさんは呼吸困難に陥り、意識を失って、病院へ救急搬送されました。奥様は当時、救急隊員から「もう少し遅かったら危なかった」と聞かされたそうです。
搬送先の病院で一命をとりとめたTさんは、そのまま同じ病院の呼吸器内科に入院となりました。救急搬送された時からしばらくは意識が戻らなかったそうですが、入院して1ヵ月経った頃に、ようやくALSと診断されました。Tさんの場合、症状に気づいてから診断がつくまでに約半年を要したことになり、ALSの診断が難しいことを物語っています。
入院中に人工呼吸器をはずしても自立呼吸ができるかどうかが検討され、気管切開・人工呼吸器装着となりました。救急搬送から約1年後には退院でき、現在は自宅で過ごしています。
病気になってからは自己表現を楽しむ毎日
人工呼吸器を装着して、自宅療養中のTさんは、1日のほとんどをベッドの上で過ごしますが、手足は自由に動くため、ノートパソコンを駆使して情報発信しています。パソコン作業を行うときは、ベッドを起こして膝の上にまず座布団を置き、その上にノートパソコンを置いて入力します。
飲食業の他に住宅リフォーム会社での勤務経験もあるTさんは、療養生活のかたわら、住宅相談と家作りのためのウェブサイトを立ち上げ、少しずつ更新しているそうです。「多くの人にとって、住宅購入は一生に一度の大きな買物ですから、私のウェブサイトを通して、ぜひ失敗しない家作りのための情報を収集していただきたい。そのために、購入者はまず何をすべきかを紹介し、建築計画を進める上で生じた疑問点を解決できる専門のサイトも紹介しています。私への相談メールが直接来なくても、私のサイトを見てくださった方がご自身で勉強する際の参考にしてもらえればいいんです」と、おっしゃっていました。
夫婦で協力しあって痰の吸引
お話を伺っている途中で、「ちょっと失礼して、痰の吸引をさせていただきますよ」と言いながらベッドを倒して横になったTさんは、奥様に痰の吸引をしてもらうところを私たちにも見せてくださいました。Tさんは両手が自由に使えるため、ご自身で吸引チューブを支え、同時に奥様がTさんの胸郭を押しながら介助するという、二人三脚で痰を吸引しています。
Tさん宅では、昼間は介護ヘルパー、訪問看護師、理学療養士、かかりつけ医の訪問診療など、在宅介護支援サービスを利用していますが、夜間の痰吸引はTさんの奥様が担っているそうです。「夜間の吸引回数は日によって多いときや少ないときがありますが、朝方はどうしても痰の吸引が必要になります。そのときはギリギリまで我慢してから家内を起こして吸引してもらっています」と、睡眠不足になりがちな奥様を気遣うTさんでした。
患者として体験したことを社会に役立てたい
「ALSで療養生活を送る身になったからこそわかることはたくさんありますから、患者として医療機関のお役に立てることもあると思います。例えば、在宅での人工呼吸器装着に関する研究会を立ち上げる人がいたら、ぜひ患者として協力したいですね」とTさんは抱負を語ります。すでに看護学校や看護大学の先生方に「患者として医療のお役に立つ用意があります」とメールを送るなど、ご自身で行動を起こしています。このメールがきっかけで、「看護学校の先生が『話を聞きたい』と訪問される予定もある」とのことでした。
ALSも人生の修行のひとつだと思えば
「ALSを発症してからの私の状態は、人によっては、『惨めだ』、『ふがいない』とおっしゃるかもしれません。しかし、達磨さん(達磨大師、禅宗の祖とされている)が壁に向かって9年も座禅を組んで修行したことを思えば、私は介助があれば、まだ自由に動けるし、自分で手足も動かせるし、自分の好きなものも食べられます。ですから、ALSになったことも人生の修行だと思えば、イライラせずにいられます」とおっしゃるTさん。また、ご自身のことを「下町育ち特有のおせっかいでネアカな性格」と何度もおっしゃるとおり、「ALSと診断された時に動揺した」、「ショックだった」といった言葉は一度も発せられませんでした。今までの人生やALS発症後の生活について、終始明るく、時には眼をキラキラさせながらお話しくださる前向きな姿が印象的でした。
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