カルテの余白 患者さんとの出会いカルテの余白 患者さんとの出会い

エピソード23

あきらめずにALSとつきあう覚悟を決める

ALSの患者さんのなかには、10年以上の長期間にわたって徐々に全身の運動障害が現れてくる方がいます。左腕が上がらないことから異変を感じたMさんの場合も、最初は上腕の運動障害以外、自覚症状はほとんどありませんでした。最初の数年間は、それまでと同じように歩くこともできれば、おしゃべりを楽しむことも、食事を味わうこともできました。しかし、やがてALSの症状は次第に全身に広がりました。それでもMさんは静かに状況を受け止めて、けれど決してあきらめることなく、「研究が進むのを待っているよ」と私を励ましてくれるのです。

腕が上がらなくなり、手術を受ける

建築現場のマネージャーとして采配を振るっていたMさん。左の肩がうまく上がらなくなってきたために病院を受診したところ、頸椎(首の骨)の脊柱管(神経を通している管)が狭くなっているために腕の神経が圧迫され、それが原因で左肩の筋肉が弱くなり、やせてきているのだろうと診断されました。そこでMさんは、神経の圧迫を取り除くために首の手術を受けました。

手術を受けたことで症状は少しよくなったように思われましたが、手術後半年もすると、左側と同じように右腕の筋力も弱くなり、筋肉も次第にやせてきました。「何かほかの病気ではないか」と考えたMさんは、いくつかの病院を受診し、必要な検査を受けた結果、広い範囲で神経に障害がみられたため、ALSである可能性が浮上したのです。

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「どうにかならんかね」と診察室を訪れたMさん

「ALSかもしれない」という検査の結果に、Mさんは納得しませんでした。両肩以外に自覚症状はなく、進行しているようには思えなかったからかもしれません。ご自分でALSに関する情報を収集されるうちに、私たちがイギリスの科学雑誌『ネイチャー』に発表した研究論文が新聞やテレビで取り上げられているのを見たMさんは、「どうにかならんかね」と言って、私の診察室を訪ねてこられたのです。2004年のことでした。

私たちの研究は、ALSの発症原因を解き明かす手がかりを示すもので、治療法の開発につながる可能性に期待が寄せられ、注目されていたのです。

自分で運転してさっそうと

最初に私の診察室を訪れたとき、Mさんの両腕はまったく上がらなくなっていました。手指はわずかに動かすことができましたが、重いものを持ち上げることはできません。しかし、足の運動には何も問題はなく、話すことにも支障はなく、飲み込む力も十分にありました。首の力もしっかりしていました。

その後Mさんは、2~3カ月ごとに受診されるようになりました。当初は、足で運転できるように改造された自家用車を自分で運転して病院まで通ってこられ、そのがんばる姿に、私はとても感心しました。

症状が少しずつ全身に広がる

その後、筋力の低下は徐々に首や足にも及び、たびたび転倒して額に傷をつくったりするようになると、MさんもALSであることを少しずつ受け入れていかれたようです。1年ほど前には車の運転もやめ、現在は奥さんと一緒に通院されています。

いまでは首を固定するためのネックカラーも必要になったMさんですが、その上にスカーフを上手に巻いて、おしゃれを楽しんでおられる様子。ALSという病気と向き合い、努めて楽観的に考えるようにしておられるMさんに、病気とつきあっていくことを覚悟した強さを感じています。Mさんは、いまでも決してあきらめてはいません。「研究は進んでいるのかね?」「いつごろ特効薬はできるんだい?」と、診察に訪れるたびのMさんの叱咤激励に、私もがんばらなければと意を強くしています。

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