エピソード21

27年以上もALSとの闘病生活を 続けておられるNさん

34歳という若さで、会社でもバリバリの脂の乗った時期で、仕事面で各種の賞を受賞され、きっと将来を有望視されていたに違いないNさんは1980年3~4月ごろ、階段をスムーズに降りられない症状で発病し、1981年1月、東京の某大学でALSと診断されました。私の米国留学中に、当科にも新薬治療のため1カ月間入院なさっています。したがって、症状出現後すでに少なくとも27年経過していますが、今なお闘病生活を続けておられます。
 

病状は緩やかに進行


     奥様からの近況報告によれば、言葉が聞き取りにくくなったこと以外は、Nさんの病状の進行は緩やかで、朝昼は1時間、夕食は2時間かけて、家族と同じ物を食べていらっしゃるそうです。ご飯はサランラップで細巻き状に握ったものを小さく切って奥歯に乗せ、頭を下げて飲み込み、液体は7ミリの太いストローで飲んでいます。カレー、ソース、わさびなどの刺激物はむせて食べにくいそうです。昼間は車椅子で過ごされ、夜間はベッドで12時間、横向きで寝て夜中に1度排尿と、寝返りをうたせてもらうという生活をされています。
     当科に入院された1983年3月当時は、杖をついてやっと歩ける状態で、食事はスプーンで時間をかけて食べておられましたので、Nさんの病状進行は極めて緩徐であると思います。
 

手を合わせ、祈るように絵を描く


     私がNさんを初めて知ったのは、1994年に第3回「ALS研究助成基金 生命(いのち)の彩(いろ)」賞を受賞したときです。1992年、一人のALS患者さんが病に苦しみ、その原因究明と治療法の開発をめざして「生命の彩 ALS研究基金」を設立しました。その患者さんがNさんです。デザイン科卒業のNさんは、両上肢の高度な筋力低下および筋萎縮があるにもかかわらずペンを握り、絵を描き続けてこられました。その画文集の巻頭に以下のような記述をしておられます。

     「かたち生あるものは命あるべき必然の姿形をしている。虚栄もへつらいもない力の限り生きている。私はただあるがままに描くだけである。1987年9月7日」「合掌の絵 私の手は普通の状態では全くいうことをきかない。天井からゴムベルトをつるし、両手をゴムひもでくくりつけてはじめてわずかに自分の意志で動かすことができる。そのわずかな動きで絵を描いているわけだが、自分でもなぜこのような線が引けるのか不思議に思う。ところが、最近あることに気がついた。それは仏教もキリスト教も、かなりの宗教が両手を合わせて念ずることにより、祈りの姿勢をとる。両手を合わせるということは、人間の持っている視覚、聴覚、味覚など、あらゆる感覚をその両手に集中させて念ずるということではないかと思う。私の絵を描く姿勢も、片手では描けないため、両手を合わせた状態でペンを握り、絵を描いている。このことがかなり高度な精神の集中を要求される『絵を描く』という私の作業にとって、偶然ながら最も適した姿勢となっているのではないかと気がついた。」

  
 

どんなに病状が進んでも描き続けたい


     Nさんは、黒いフェルトペン1本で線描画を描き続けてこられましたが、画文集の出版に踏み切った理由を次のように語っています。
     「私の場合は病の進行もゆるやかで、家族、先輩、友人、まわりの方々の温かいお力添えを受け、同病者の中でも恵まれた条件で闘病生活を送っております。しかし、全国に数千人いるという苛酷な闘病生活を送る同病者のことと、人類の英知をもってしても、まだ原因も治療法も不明だという、この忌まわしい病気に対する憤りをおさえることはできません。たまたま絵を描くということで出版の機会をいただけるならば、一人でも多くの方にこの病気を知っていただくためと恐ろしい病の撲滅のため、与えられたチャンスは断るべきではなく、むしろ重度の障害を持ちながらも、精一杯闘っている姿を堂々と世間の方々に見てもらおうと思ったからであります。姿を見せない魔物であったとしても、真正面から闘いを挑み、いつの日か必ず化けの皮を剥ぎ取るまでは、闘いの手を緩めるわけにはまいりません。どの様に症状が進もうとも極限まで絵を描き続け、何かを創り続けてゆく覚悟であります。一抹の不安はありますが、今まで感じ取ることができなかった『命』が見え、『生命』の表現ができるかもしれない。未踏の世界を訪ねられるかもしれない。そんな夢を持っております。私に寄せられた多くの方々の温かいご好意にお答えするためにも、一歩一歩、歩を進めてまいりたいと思います。」と。
 

見る人の心に迫る「白菜」


     闘病生活の中で描かれたNさんの作品は450点にものぼります。線描画一枚一枚がいずれも筆舌に尽くしがたいほどの力作ではありますが、私は白菜の絵が一番好きです。この絵を見ていると、まさに白菜が目の前に迫ってくる迫力を感ぜずにはいられません。Nさんの「生」に対する執念あるいは鬼気迫る覇気を感じます。
私の部屋の本棚の上に「生命の彩」賞を受賞した時に頂いた記念のプレートが置いてあります。そのプレートには金色で白菜の絵が描かれていて、その上に次のような文章が記されています。「あなたの研究は筋萎縮性側索硬化症の原因究明と治療に対して寄与するところが大きいと考えられます。本基金はここにこれを賞し研究助成金を贈呈します。この助成金があなたの研究の一助となり研究がさらに発展されることを期待いたします」と。
     いままで幸運にもいくつかの賞を頂きましたが、この賞には一番の重みを感じています。おそらくNさんの苛酷な闘病生活の実態とNさんのALSの原因究明と治療法の確立を願う切実な気持ちが伝わってくるからなのだと思います。本日まで研究を続けて来られたのも、この賞の受賞者として相応しくあるべきとの思いが強かったからなのだと思います。研究への士気が落ちたとき、このプレートに向かうとNさんのことを思い出し、また勇気をもらって出直すことになるのです。そして「この道に入った以上、今後も待ったなしで研究を続けるより他はない。」との思いが胸中を駆け巡るのです。

 

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