エピソード16
ALSが遺族に遺したもの -その1
奥様の生前に献身的に介護されたご主人が、その後どのようにALSに向き合っておられるのか、あるいはALSがご主人に遺したものは何か、という質問に対して以下のお手紙をいただきましたので、許可を得たうえで掲載いたします。
6年前に妻はALSで亡くなりましたが、随分昔に妻をなくしたのだなという時間の過ぎ去ることの早さと、ふと妻のことを思った瞬間になぜ居ないのかと、全く昨日のことのように時間の経つのが遅いような、不思議な二重人格的な自分を見つけて考え込んでしまうことがまだあります。
奥様がALSにかかり経管栄養で頑張っている友人の相談に乗ったり、日本ALS協会某県支部の総会に参加して、時々質問やら発言やらをさせて頂いておりますが、参考になったと言われたり、もう古いことなのだと思われたりしています。また、人様とのお付き合いの中でちょっと話題になった時に、ALSに関する小メモをお渡ししてALSへの関心をお願いしたりしております。
妻の存命中はALSに関してのテレビの放映がある時などには、一般の視聴者の方々には大いに歓迎すべきこととは思いながらも、予後を伝えきれない病人本人にどうしたら見せないで済むかと、その時間傍らに付きっきりで気をそらせておいて、後で放送局に、こんな訳で見せられない者もいるので、放映に際してちょっとでも気にして下さればありがたい、と電話したこともありました。
またどこへ出かけても必ず帰る時間が気になり、運転中の赤信号など心臓がドキドキするほどいらいらすることばかりでした。今でも遅くなると時にはっとすることがありますが、待つ人がいないのだと気が付き、ほっとする反面さみしくもなります。こんなことがいつまで続くのでしょうか。
ほぼ毎日妻のお墓に行って水を換えたり、顔を拭いてやるよと言って墓石を撫でたりと、馬鹿なような毎日を送っております。冬スキ-に備え毎日付近の尾根道を40-50分歩いています。
遺族に与える精神的影響
ALSで愛する人を失った遺族には、患者さんの死後もなお長期にわたる強い悲しみや精神的苦痛がみられる、との報告が最近なされています。カナダからの報告によれば、ALSの患者さんがおられますと、ご家族は精神的苦痛を感じ、37%の人々は患者さんが亡くなった後も何年かは立ち直れずにいる、といわれています。今回のエピソードからも、献身的に介護なさったご主人のその後の人生に、ALSが今なお精神的に大きな影響を及ぼしていることがうかがわれます。
患者さんの没後ALS関連の活動に参加する人が多数
ALSの患者さんを亡くしたご家族が、その後ALSに対してどのような感想あるいは意見を抱いているかに関しても、カナダからの報告では、介護者であった人々の22%は死後もグル-プミ-ティングに参加し、48%の人々はALS協会からALSに関する情報を収集し、37%の人はALSのための募金集めに参加し、24%の人々はALSのみではなく他の疾患に対する募金集めにも協力するなど、その後もALSに対して積極的な活動に取り組んでいます。
また、私が2003年11月にミラノで開催された第14回ALS国際会議に出席した際に訪問したミラノ大学神経内科シラーニ教授によれば、イタリアでは介護者のうち60%は患者さんの没後はALSのことを忘れたいと願い、他方40%の人はALSを通してよき人生経験をさせてもらったと感じています。さらに、その40%のうち20%が何かのオーガナイザーになるなどALSのために役に立ちたいと願い、2 - 3%の人は献金を含めて何かを献納したい意向があるそうです。
今回のエピソードでも、「人様とのお付き合いの中でちょっと話題になった時に、ALSに関する小メモをお渡ししてALSへの関心をお願いしたりしております。」とご主人が綴られていますように、ALSの啓発運動に参加したい、あるいはALSについて少しでもわかってもらいたいとの強い気持ちがあらわれています。
介護者や遺族への身体的・精神的・経済的支援の必要性
一方で、ALSの患者さんを抱えていると経済的にも困難になることが多い、と指摘されています。具体的には、遺族の26%は患者さんの死後も何年かは軽度ながら経済的貧困状態が続き、22%の遺族は極度な生活の困窮に陥っているとの見逃せない報告があります。
以上のように、最近ではALSの患者さんに対する支援のみではなく、その介護者の身体的および精神的な支援にも目が向けられ、介護者あるいは遺族への支援の必要性が指摘されるようになってきました。今後、わが国でも介護する人たちへ積極的に精神的コンサルテーションなどを行い、ALS患者さんを亡くした遺族に対しても身体的、精神的および経済面を含めての支援をしていくことが必要と思われます。
MAT-JP-2108393-2.0-12/23